今日は3月11日


「あれから」7年・・・「もう」7年・・・
記し方を、どうしようか?と思いましたが・・・今日は3月11日。

2011年3月11日14時46分に発生した東日本大震災。

皆さんは、あの日、どのように過ごされていましたか?

今でも7万人以上の方が仮設住宅で生活されているというニュースを耳に
するので決して復興したとは言えないと思います。

あの日、私は千里中央にあるビルの7階にある職場で仕事をしていました。
スタッフ70人ほどがいる職場ですが、パソコンの前で緩やかにキュッキュッと
椅子が揺れ窓に付けられているブラインドが音を立てて揺れていました。
椅子の揺れが微弱だったので地震?なんだろう??とスタッフと声をかけあいました。

昼休みで休憩室に居たスタッフから「大きな地震があったみたい!」という声が
したのは、それから数分後。テレビで地震の一報が流れた時でした。

同じ時間、箕面市の自宅に居たハハと、前日、東京から来ていた妹は少し遅めの
昼ご飯を済ませ、おやつを食べながらテレビを見ていた時に揺れを感じて
「!!!」となったようです。
マンション9階の我が家は、その当時で築23年だったので、免震対応に
なっているマンションなのか?解らなかったのですが、結構、地震を強く
感じたようでした。ハハは、その時、少し気分が悪くなったと帰宅した時に
興奮しながら話してくれました。

折りたたみが出来るヘルメット。直ぐに取り出せる場所に置いています。あと笛も・・・。



1995年1月17日に阪神淡路大震災を体験しているので、地震に対して
少しは身近に感じ、備えに対しても意識をもっていると思うのですが、
ココをご覧いただいている皆さんも、地震を含め自然災害に対して何か備えを
されている方も多いと思います。

2リットルの水もありますが直ぐに持ち出せる大きさでストックしています。



こちらもストックしています。左は茨木市で訓練参加時に配布されました。



ハハが薬を服用しているので小さいビニール袋(100円ショップで売っています)に
入れてポーチに入れて持ち出しできるようにしています。

薬も2カ月毎に入替て、水も賞味期限があるので2~3カ月ごとに飲んでは
新しいモノを置くようにしています。

懐中電灯も点けるようにして電池が切れていないか?チェックしています。



自然災害は、いつ発生するか?・・・わかりません。
そして、どこで自分が遭遇するか?・・・わかりません。

自宅で遭遇した際には、自治体で推奨されている避難場所(学校など)が
あると思いますし、職場で遭遇した際にもその地区の避難場所があると思います。
出先にいて家族と離れ離れになっている事もあると思います。
そのような場合に、どういった行動をするか?いま一度、家族と確かめるのも
いいのでは???と思います。

我が家も「この地区はこの中学校が避難先です」と言われていますが、
高齢のハハを連れてソコまで連れて行くのは大変なので、それよりも
アソコの避難所の方が行きやすいから・・・と考えています。

備えあれば・・・・・です。


この記事を書いた人:

KON
宝塚で生まれ育ち、現在は箕面市在住。 この2市でしか生活をしていませんが、北摂・京阪神地区を 駆けまわっていますので、ひとつでも多くの情報をUPして いきます。 イベント&スポーツ情報にグルメの事なら、おまかせあれ!!!
http://news.archive.citylife-new.com/interest/62212.html