
市民がつくった“みんなが集まれるステキな場所”を訪ねる北摂パブリック紀行。今回は北摂を飛び出し、兵庫県西脇市の山間部「住吉町」にあり、月に1日だけオープンするのどかなカフェ“あんずの里”です。
西脇市比延(ひえ)地区の東端にある住吉町は、西脇市の市街地から車で約30分、篠山市に接する山間部にある、人口168人、世帯数68(平成28年12月現在)の小さな集落。買物に困る高齢者等のために、比延地区のまちづくり協議会「ええまち比也野里」が週に一回、移動販売車で食料や生活用品を運んでいます。そんな住吉町は、高齢者ばかりが細々と暮らす集落だろうと思っていました。
ところが月に1日、地域の女性達によってカフェが開かれて好評だという。山間部でカフェ? 本当?とばかりに訪ねてみることにしました。
■山深い住吉町「あんずの里」へ
11月の第3日曜日、オープンの10時に間に合うように、大阪千里から中国道に乗り、神戸三田ICを下りて一般道へ。三田市の北摂ニュータウンから福知山線沿いに走り、丹波焼で有名な篠山市今田町へ。西光寺山を左に見ながら黒石川沿いに北上。黒石ダムを左折し、峠を下ったところに出てくる集落が西脇市住吉町。神戸三田ICから30~40分走ったでしょうか。紅葉した山に、濃い霧がかかっています。
住吉の里は深い霧の中
少し走ったところに、大通寺の石碑とともに「あんずの里」の看板が出てきました。駐車場の上に山小屋風の建物(市民農園「すみよし桃源郷」の管理棟)があり、カフェの場所だと分かります。

あんずの里の入口と奥に管理棟
坂を上っていくと池のある庭園が出てきて、今が盛りの紅葉が印象的です。その横に大通寺と薬師如来像が安置されたお堂。市民農園「すみよし桃源郷」は、約20年前に「ふるさと創生基金」を利用して、古くからある大通寺と薬師如来像のお堂に接して整備されたようです。

里山の雰囲気がいっぱい
庭から池越しに建物を見ると、オープンに合わせて、女性スタッフのみなさんが最後の準備中です。

池を挟んでカフェ
建物の入口には、「風 花」と書かれた鮮やかな紫のバナー。客を温かく迎えようとする気持ちが感じられます。

紫色のバナーがオシャレ
玄関を入ると、ピンク色のユニフォームのみなさんが「いらっしゃいませ」と迎えてくださった。どうやら私が最初の客のようだ。そして、スタッフのみなさんが予想に反して若い(笑)。建物は、柱、壁、天井などすべてが木でできていて、ぬくもりが感じられます。

ユニフォームはピンク色
■あんずの里はこうやって生まれた
庭がよく見えるテーブルに座り、あらかじめお約束していた絹川喜和美さん、絹川恵子さんにお話を伺いました。

絹川恵子さん(左)と喜和美さん(右)
約10年前、喜和美さんが住吉町の婦人部長、恵子さんが副部長のとき、限界集落化が進む住吉町のこれからを考えようと、まちあるきとワークショップを実施。すると、それまで知らなかった住吉町の“いいところ”をいっぱい発見。同時に、「住吉町の住民が気楽に出会える場所をつくろう」となり、区長の了解のもとにカフェを計画。
会員を募集したら16人が集まった。食器などは各人の蔵に眠っているものを活用することとし、入会金(1000円/人×16人=1.6万円)といただいた祝儀(2~3万円)を資金に、2007年11月3日にカフェがスタート。第1回の参加者は、住吉町の住民を中心に25名だったそうです。
当初は喫茶だけのカフェだけでしたが、「景色のいいところでゆっくりしたい。食事も出してもらえるとありがたい。」とリクエストが出るようになり、25食限定のランチを始めました。食材の多くは、地元で採れた米や新鮮な野菜を使用。今では、手づくり感たっぷりのランチ(500円)が有名になり、西脇市だけでなく神戸や大阪からはるばる訪ねて来る人も多く、毎回60~80名の利用(最大は120名)があるそうです。
お話を聞いているうちに、次から次にお客さんが入ってきます。

あっという間に客がいっぱい
真ん中のテーブルに座った4人は、ここに通ううちに仲良くなり、毎月ここで食事とコーヒーをいただきながら話をするのを楽しみに訪れるとのことでした。

月1回のカフェを楽しむ顔なじみのみなさん
私もランチをいただきました。この日のメニューは、すき焼き風の煮込み、大根のなます、豆とピーマンの煮物、漬物と果物、ごはん、味噌汁。やさしい味でした。

やさしい味のランチ
■「あんずの里」で住吉の村が元気になった
「月1回とはいえ、カフェを10年間運営してくるのは大変だったでしょう?」と尋ねると、「最初は大変だったけど、今はカフェの前日に材料などの準備を行い、翌日のカフェが終了したあと次回の打ち合わせをするだけ。慣れました。」「何を始めるのか・・とけげんな顔をしていた家族も次第に協力くれるようになりました。2年前の大雪のとき、メンバーの主人たちが駐車場までの雪かきをしてくれました。古くなったユニフォームを新調するとき、主人たちがカンパもしてくれました。」
「カフェをやってきて、みなさんどうでしたか?」と尋ねると、「奥まったところにある住吉町は、控えめで保守的な土地柄もあり、外に出ることが少なかったけど、カフェができてからコミュニケーションも生まれ、元気になりました。みんなここに集まるのが楽しみなんです」と。
カフェの運営は当初大変だったから、当然のように無報酬。そのうちわずかな利益が出るようになった頃、「交通費程度を出そうか」と話したら、全員が「いらない」の返事。「それでは年に1回、旅行でもしましょう」となり、これまでシルクドソレイユ、フィギュアスケート、京都祇園のお座敷、近江八幡、正倉院展、ツタンカーメン展などに行ったそうです。これもメンバーのコミュニケーションに大いに役立っているとのこと。
■「あんずの里」はこれからも
カフェをあとにする前に、「住吉町が今後どうなって欲しいですか?」と尋ねると、「ここは丹波焼きで有名な今田町が近いこともあり、陶芸家などがけっこう移り住んでいるんです。この地域がカフェで元気になることで、もっとIターン者が増えてくれたら・・。どこかに“日本一不便なキャンプ場”があると聞いたけど、不便な住吉町にしかできないカフェにしたい。」と返ってきました。
北播磨の山深いところにある西脇市住吉町の女性達が「気楽に集まれる場所をつくろう」と始めた月1回のカフェ。そのうち西脇市の内外に知られるようになり、ここで月1回会って話すのを楽しみに、神戸や大阪からはるばる訪れる人も出てきた。女性達は、その期待にもっと応えようと、ここにしかないカフェをめざして10年が経過した。この小さなカフェがこれからも続きますように。しかし、都会から客がどっと押し寄せ、駐車場があふれるようなカフェになってほしくないな。そんなことを思いながら、カフェをあとにしました。
駐車場に下りると、神戸ナンバーの大きなバイクに乗った約10名のライダーが到着したところ。「どちらから?」と尋ねると、ヘルメットを脱ぎながら「神戸の垂水から。先月に続いて2回目。ここは信号もないし、山を眺めながら走れるし、カフェやトイレもあっていいんですよ」。「あんずの里」のファンは静かに拡大しているようです。

ライダーご一行が到着
※「あんずの里」は、毎月第3日曜日の10~14時オープン。ランチ500円、コーヒー200円、抹茶400円、ケーキセット500円。現代表は坂本博美さん。